「後編」なぜ、私は「54歳」で歩みを変えようと思ったのか。

資産運用

1. 5人で歩む、愛おしい日常

私には、ハンディキャップを持った家族がいます。

幼いころ突発性難聴により身体障碍者となった妻。

そして、ADHDとダウン症という個性を持ち、懸命に生きる子供たち。

家族5人のうち、3人がハンデを持っています。

毎日笑って過ごせているけれど、ふとした瞬間に「もし私が倒れたら……」という影が心をかすめることがありました。

2. 1億2,000万円という数字の壁

家族との時間を守り抜くために、お金の計算もしてみました。

我が家が安心して暮らすには、月に40万円ほど必要です。

教科書通りに「資産の4%で自由に生きる(FIRE)」を目指すと、必要な額は1億2,000万円。

気が遠くなるような数字です。それを達成する頃には、私はもうおじいちゃん。

子供たちと一緒に笑い合える「今」という時間は、もう戻ってきません。

3. 「サイドFIRE」という、わがままな地図

だから私は、54歳でのサイドFIREを目指すことにしました。

投資で育てた資産を少しずつ使いながら、このブログのような「副業」で自分らしく働く。

今回の休養は、私に「プチFIRE」を体験させてくれました。

会社という枠から一歩外に出てみて、ようやく気づけたんです。

「あぁ、自分はもっと、わがままに生きていいんだな」って。

4. 3時の光が差す庭で

「さんじの庭」というこの場所。

おやつの時間のように、ホッと一息つけるような、優しい場所。

家族の未来を、そして自分の心を、ゆっくりと耕していく。

そんな私の挑戦を、これからも少しずつ綴っていこうと思います。

自分を追い込むのは、もうおしまい。これからは、優しさの水を注ぎながら。

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