お金の呪縛から解放されたい理由。私が「投資」という武器を手にするまでの全記録

ライフスタイル

こんにちは、さんじのパパです。

今回は、少し私の心の深いところにあるお話をさせてください。

なぜ、私がここまで「お金の呪縛」から解放されたいと願い、自由な生き方を切望しているのか。そして、なぜ日々の生活を削ってまで、これほど投資に力を入れているのか。

きっと、この記事を読んでくださっているあなたも、お金に対する言いようのない不安を抱えている一人かもしれません。

「子供3人の教育費が、この先どれだけ膨らむのか……」

「もし自分に万が一のことがあったら、家族はどうなるのか」

「老いた両親を支えながら、自分の老後まで手が回らない」

人それぞれに、背負っている重荷は違います。でも、その根底にある「守りたい」という願いは共通のはずです。私の不器用な歩みが、少しでもあなたの心に寄り添うものになれば幸いです。

穏やかな日常に、突然突きつけられた「介護」という現実

私は、地方のどこにでもあるような、ごく普通の家庭で育ちました。

特に目立つ才能もなく、地元で就職し、地道に働いて……そんな「普通」がずっと続くのだと思っていました。

しかし、運命は予告なく動き出します。

入社して数年が経ったある日、母が脳梗塞で倒れました。命は取り留めたものの、左半身に麻痺が残り、車椅子生活に。

仕事が終われば、すぐさま病院や自宅での介護が待っています。ご飯の準備、着替えの介助、そして下の世話。あの時、仕事帰りに見た夕焼けの色を、私は今も忘れることができません。

追い打ちをかけるように、父も吐血して倒れました。幸いにも父は数週間の入院ですみ今も元気にしていますが、元気だった2人が突然の病に見舞われるのは大変肝を冷やしました。

「この先、私の人生はどうなってしまうんだろう」

「ずっとこうして、誰かを支えるだけで終わっていくのかな」

真っ暗な闇の中を、手探りで歩いているような、漠然とした不安が私の心に根を張ったのはこの時でした。

妻との出会いと、立ちはだかる「ハンデ」の壁

そんな疲弊した日々の中で出会ったのが、今の妻でした。

母の介護を通じて、障害に対してはある程度の理解があるつもりでしたが、彼女もまた「難聴」というハンデを抱えていました。

年々、少しずつ聞き取りが難しくなっていく彼女。それでも、ひたむきに生きる姿を見て「この人を一生支えていこう」と心に決め、結婚しました。

けれど、現実は甘くありません。再検査で彼女の障害等級は6級から4級へと上がりました。耳が聞こえにくい彼女にとって、現代の事務仕事の必須条件である「電話対応」は、あまりに高い壁でした。

「自分が稼がないといけない」

「彼女が安心して家にいられる場所を、私が作らなければいけない」

その想いが、私を少しずつ「お金」という現実と向き合わせるようになっていきました。

入園式で落ち着き無く走り回る長男の背中と、35年の重圧

長男が生まれた時は、言葉にできない喜びを感じました。元気に生まれてくれた事に感謝し、それだけで十分だと思っていました。

しかし、1歳を過ぎても発音がおぼつかない。

「男の子は言葉が遅いものですよ」という周りの声を信じたかったけれど、胸のざわつきは消えませんでした。

役所で紹介された病院での診断名は「ADHD」。

入園式の日、園長先生が静かにお話をしている最中、広い体育館を抑えきれない衝動のままに走り回る長男の姿を、私はただ呆然と見守るしかありませんでした。

冷たい床の感触と、周囲の視線。あの時のやり場のない焦燥感は、今思い出しても胸が締め付けられます。

ちょうど息子が生まれた年に建てた戸建て。35年の住宅ローンでした。

「もし、今私に何かあったら、この子たちはどうなる?」

「せめて、雨風をしのげる場所だけは、何としても残してやらなければ」

それが、私が転職や副業を真剣に考え始めた、本当のきっかけでした。

「ダウン症」という告知。NICUの窓から見えた景色

長男が3歳の時、長女が生まれました。

「お兄ちゃんのお手本になってくれるような、しっかりしたお妹ちゃんになってほしいな」

そんな淡い期待を抱いていた出産直後、担当医から告げられたのは「ダウン症」という言葉でした。

あの時の診察室の空気、担当医の苦しげな表情。

頭の中が真っ白になり、音がすべて消えたような感覚。

長女はそのままNICU(新生児集中治療室)へ入院することになりました。

1ヶ月半に及ぶ入院生活。

NICUの費用は1日10万円。もし、日本の公的な医療制度がなければ、あるいは健康保険という守りがなければ、我が家は間違いなく破産していたでしょう。

幸いにも高額療養費制度のおかげで、支払いは限度額内に収まりました。

「無知でいることは、リスクだ」

この経験が、私の保険の見直し、そして「社会の仕組み」を学び直す決定的な転機となったのです。

霧が晴れていく。1,000円から始まった逆転劇

住宅ローン、教育費、家族のハンデ。

「老後2000万円問題」というニュースを聞いた時、私は絶望しかけました。

計算すれば、ローンが終わるのは62歳。その時、手元には一体何が残っているのか?

そんな時、YouTubeで「住宅ローンの借り換え」と「NISA」に出会いました。

最初は半信半疑です。投資なんて、お金持ちがやるギャンブルだと思っていました。

それでも、何かを変えなければ未来は変わらない。

2020年、まずは月に1,000円から。

本当に、小さな一歩でした。個別株にも恐る恐る手を出し、ソフトバンクを3株だけ買っては、不安で翌月にすぐ売ってしまうような……そんな未熟なスタートでした。

でも、やめませんでした。

AIを「相棒」にして家計を整理し、無駄を削り、淡々と積み立てを続けました。

そうするうちに、2020年にはわずか300万円だった総資産は、2026年現在、1,800万円にまで成長しました。

最後に:一歩を踏み出す、あなたへ

今でも、将来の不安がゼロになったわけではありません。

でも、以前のように「視界が霧で覆われて、一歩も動けない」という状態ではありません。

投資という武器を手に入れ、社会保障という盾を理解したことで、ようやく「自分の人生の手綱」を握れている感覚があります。

私が今歩んでいる道は、決して華やかな成功ストーリーではありません。

泥臭く、悩み、葛藤しながら進んできた、ただのパパの記録です。

でも、この記録が、同じように「お金の呪縛」に苦しむ誰かの、小さな道標になればこれほど嬉しいことはありません。

どんなに不安でも、最初の一歩を踏み出せる方には、必ず昨日とは違う景色が待っています。私はそれを確信しています。

今回は、私の個人的なお話ばかりになってしまいました。

最後まで耳を傾けてくださり、本当にありがとうございました。

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